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札幌高等裁判所 昭和36年(ネ)237号 判決 1965年10月16日

控訴人 門前フデ子 補助参加人 古沢正利

被控訴人 国 外一名

訴訟代理人 山本和敏 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし、参加によつて生じた訴訟費用は補助参加人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

原判決別紙目録記載の各土地につき自作農創設特別措置法(以下自創法という。)にもとづき昭和二二年一二月二日を買収期日とし、同目録第一および第三ないし第五については控訴人から(ただし古沢フデ子名義で)、同第二については古沢正利から、それぞれ買収処分がなされ、次で同日を売渡期日として被控訴人佐藤元次に対する売渡処分がなされ、それぞれ請求の趣旨記載のとおり被控訴人国のため買収を原因とする所有権移転登記および被控訴人佐藤のため売渡を原因とする所有権移転登記がなされたこと、後者の土地の買収処分は自創法第一五条第一項第二号によつてなされたものであること、はいずれも当事者間に争いがなく、また本件口頭弁論の全趣旨によれば前者の各土地の買収処分は控訴人を古沢正利の同居の親族として同法第四条、第三条第一項第三号によつてなされたものであることが認められる。

控訴人は右各土地は控訴人の所有であつたと主張するのに対し被控訴人らは右土地が控訴人の父である補助参加人古沢正利の所有であつたと主張するので先ずこの点について判断する。成立に争いのない甲第一ないし第五号証に本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、本件各土地はもと補助参加人古沢正利の所有であつたところ、昭和七年六月五日滞納処分による公売落札により訴外今村政吉が所有権を取得したのを、古沢正利が出金して買い戻し、同年六月一五日右今村から控訴人へ売買による所有権移転登記がなされたものであることが認められる。しかして控訴人のため所有権移転登記がなされている以上、控訴人がその所有権者であることが推定されるのであつて、控訴人は古沢正利が控訴人のために買い与えたものであると主張するところ、右が第三者のためにする契約であるとする控訴人の主張の趣旨は、古沢正利が一旦自己のために買い受けたうえ目的物を控訴人に贈与したか(この場合は今村から控訴人へ中間省略による所有権移転登記がなされたことになる。)、あるいは古沢正利が控訴人の代理人として買い受ける契約を締結したうえ代金相当額の金員を控訴人へ贈与し、これを控訴人の代理人として今村に支払い、またはみずから第三者として右代金額を今村に弁済したとするものと解されるが、控訴人が古沢正利の娘である以上、右の事実のいずれかが存在したと推認する余地は十分に存し得るのである。これに対し原判決理由に説示されているとおり、その挙示の各証拠によれば本件各土地の真実の所有権者はその登記名義にかかわらず控訴人ではなく古沢正利であることを窺わしめるような徴憑事実の存在が認められる(これら徴憑事実の存在についての認定は当裁判所の判断も原審と全く同一であるから原判決理由の当該部分の記載を引用する。)が、これらの徴憑事実といえども原審および当審証人古沢正利、当審証人古沢寛美の各証言ならびに原審および当審における控訴本人尋問の結果と対比して考えると、なお前記登記の推定力を覆えして本件各土地が控訴人の所有でなく古沢正利の所有であつたものと認めるには十分でないといわなければならない。よつて本件各土地が買収処分の当時控訴人の所有でなかつたとする被控訴人らの主張は採用できない。

よつて進んで、先ず本件第一および第三ないし第五の各土地につき処分の相手方を控訴人としてなした買収処分が無効であるかどうかについて考察する。冒頭において確定した事実に成立に争いのない甲第一ないし第七号証、方式ならびに趣旨により公務員が職務上作成した真正の文書と認め得べき乙第四号証、当審証人古沢寛美の証言により成立の真正を認め得る乙第一〇号証、原審ならびに当審証人斎当定義の証言(当審においては第一、二回)により成立の真正を認め得る乙第一号証の一、二、第二号証の一、二、三、第三号証、第九号証、第一八号証、原審証人松本近吉の証言により真正に成立したものと認め得る乙第八号証、原審証人松本近吉、上原新一、原審ならびに当審証人斎当定義(当審においては第一、二回)、当審証人古沢寛美の各証言、原審ならびに当審における被控訴人佐藤元次本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨を総合すると

(一)  本別町農地委員会は昭和二二年一一月一三日本件各土地の買収計画を議決決定したが、買収計画の樹立に当つては農地所有者から農地所有申告書、小作者からは小作地申告書、買受希望者から買受申込書を提出させ、それらを土地台帳や登記簿等と照合し、あるいは現況を調査したりしてこれを行つたものである。これに対し控訴人からは本件第一、第三および第四の各土地につき「世帯主古沢フデ子」とし、住所は本件第二の土地である一〇〇番地の二(これは架空の住所である。)としたうえ、右各土地を自作地として表示した所有農地申告書が提出されており、一方被控訴人佐藤からは本件各土地につき小作地申告書および第二の土地に関する農業用施設買受申込書が提出され、それぞれ所有者を古沢正利と表示していた。

(二)  控訴人は補助参加人古沢正利の長女であるが、昭和一三年八月三〇日門前兵衛と婚姻し、その頃から肩書住所地の門前方において同人と同居し今日に至つているものであるが、前記所有農地申告書は控訴人の弟である古沢寛美が控訴人の所有農地として自創法による買収を免かれ得るならばと考え、控訴人の諒解を得て作成提出したものである。

(三)  本別町農地委員会では前記の各書類や現地調査の結果によつて買収計画を樹立するに際し、控訴人が門前兵衛と婚姻し門前の世帯員となつているととに気付かず、古沢正利の世帯に属するものと考え、なお本件各土地を被控訴人佐藤が小作している事実は承知していたので(前記控訴人から提出された所有農地申告書の摘要欄に同事務局において佐藤元次の氏名を記入してこのことを明らかにした。)、本件各土地は自創法第三条第一項第三号、第四条により買収すべきものとして処理した。すなわち昭和二二年北海道告示第四四〇号により本別町における自創法第三条第一項第三号の所有小作地打よび自作地保有制限面積は一六町七反歩(世帯単位による。)と定められていたところ、当時古沢正利の同一世帯には正利の妻カメヨがあり、控訴人の保有小作地が本件土地一一町五畝(第二の土地を除く。)、カメヨの自作地および所有小作地が合計畑一五町六反九畝一七歩、採草地三町九反五畝二一歩であつたから、本件土地は当然買収すべきものと判断したのである。

(四)  これに対し控訴人の夫である門前兵衛から提出された所有農地申告書には本件土地は全く記載されていなかつたが、同人は昭和二二年当時自作地(畑)八町二反五畝一八歩を所有していたほか、畑六町二反七畝一七歩を小作しており、右小作地はその後自創法による買収売渡を受けている。しかして前記のとおり本別町における所有小作地および自作地保有制限面積は一六町七反歩(世帯単位による。)であるから、本件土地が門前兵衛の世帯員である控訴人の所有小作地とされるならば、門前兵衛の自作地と合わせて既に保有制限面積を超過することになり、門前兵衛は前記小作地の売渡を受け得ないばかりでなく、超過部分を買収されなければならない筈であつた。

との各事実を認めることができ、原審および当審証人古沢正利の各証言および原審ならびに当審における控訴本人の各供述中右認定に反する部分はにわかに信用できず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

そうすると本件第一および第三ないし第五の各土地については、控訴人がその意思にもとづいて自己を世帯主とする内容虚偽の農地所有申告書を提出し、しかも門前姓を用いず古沢姓によつたことが直接の原因となつて、古沢正利と同一世帯に属するものとの認定のもとに買収処分がなされるに至つたものであり、しかる控訴人が門前兵衛の世帯に属するものであることが当時判明していたならば、門前兵衛の所有農地と合わせて保有制限面積を超過する部分は結局買収される筈であつたばかりでなく、門前兵衛において売渡しを受けた小作地についても、その渡売しは受け得られなかつたものであつて、控訴人が前記のような申告をしたことは右後段の効果を期待し、一方古沢正利とも別個の世帯をなすものとの認定を受けて自創法による買収を免かれようとしたものと推認することができる。それゆえ、右の買収処分においては、控訴人が古沢正利とは別世帯であつたのにこれと同一世帯に属するものと誤認した違法があるけれども、前記認定の事情からすれば、本別町農地委員会が控訴人を古沢正利の同居の親族と認定して樹てた買収計画にはこれを当然無効ならしめるべき重大かつ明白な瑕疵があると認めることはできないのであり、したがつて右買収計画にもとづいてなされた買収処分が当然に無効であると解すべきではないから、この点に関する挫訴人の主張は理由がない。

また控訴人は右各土地につき控訴人に対する買収令書の交付がなく、買収対価の支払または供託がなされていないから買収処分は無効であると主張する。しかしながら前顕乙第七号証の一、その方式ならびに趣旨により公務員がその職務上作成したものと認め得る乙第七号証の二、三、同乙第一五号証の一ないし三、同乙第一六、第一七号証(私文書の部分を除く。)に、当審証人古沢寛美、斎当定義(第一回)の各証言を総合すると、右土地および後記第二の土地に関する買収令書は昭和二四年二月二六日、本別町に居住する控訴人の弟古沢寛美が同町農地委員会に出頭した際、控訴人を代理して受領したうえ、右の事実を古沢正利に伝えたが、買収令書は自分で保管し正利に渡さないでいたところ、正利は昭和二五年九月四日控訴人を代理して本別町農地委員会長を経由し北海道知事に対し、買収令書紛失を理由として農地対価等の受取人たる証明書の交付申請をし、その旨の証明書の交付を得て同年九月一八日買収対価(本件第二の土地に関する分を除く。)の支払を受けたことを認めることができ、当審証人古沢正利の証言中右認定に反する部分は信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると右土地に関する買収令書は控訴人に直接交付されなかつたとしても、控訴人の実父であり本件土地について管理処分の権限を有する(このことは冒頭説示の原判決理由を引用した部分に認定した諸事実から認めることができる。)古沢正利において買収令書の発行されたことを知り、買収令書粉失による農地対価等の受取人たる証明書の交付を得て対価の支払を受けたときまでに控訴人に対する買収令書交付の効力が生じたものと解するのが相当である。なお買収対価の支払または供託は自創法による買収処分の有効要件でないと解すべきのみならず、前認定のように古沢正利が控訴人の代理人として買収の対価を受領しているのであるから、控訴人のこの点に関する主張も理由がない。

次に本件第二の土地につき処分の相手方を古沢正利としてなした買収処分が無効であるかどうかについて検討する。右第二の土地については前記のとおり被控訴人佐藤元次の自創法第二九条による農業用施設買受申込(所有者を古沢正利と表示する)により、登記簿上の所有名義の記載にかかわらず古沢正利を所有者と認定して買収計画が樹立され、同人を処分の相手方として買収処分が行われたものであるところ、右土地が古沢正利の所有でなく控訴人の所有に属することは前段までに認定説示したとおりであるから、右買収処分には所有者を誤認した違法があることは明らかである。しかしながら前認定のとおり古沢正利は本件各土地が自己の所有であるかのように振舞つていたのであつて、前示のような幾多の徴憑事実に照らすときは、本別町農地委員会が右土地につき買収計画を樹立するに当りこれを古沢正利の所有に属すると判断したことはまことに無理からぬところというべきであり、更に前顕乙第一五号証の一ないし三、乙第一七号証、当審証人斎当定義の証言(第二回)により成立の真正を認め得る乙第二〇号証を総合すると、古沢正利は右買収処分のあつたことを承知し、昭和二五年三月七日異議なくその対価の支払を受けたことを認めることができるのであつて、古沢正利が控訴人の実父であり本件各土地について管理処分の権限を有していたことは前認定のとおりであるから、処分の相手方を古沢正利としてなされた右買収処分の違法はこれを当然無効ならしめるほど重大かつ明白なものではないといわなければならない。したがつてこの点に関する控訴人の主張も理由がない。

以上説示のとおりであるから本件買収処分の無効を前提とする控訴人の本訴請求はいずれも失当であり、これを棄却した原判決は理由は異るが結局において正当であつて本件控訴は理由がないから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九左条、第八九条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 田中恒朗 右田堯雄)

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